26年前、札幌に「かまわぬ」という、日本的な、粋な居酒屋があった。
居酒屋というより、小料理店と言ったほうがいいかもしれない。
暖簾(のれん)をくぐると、石畳があらわれ、
3メートルくらいのその通路を通り抜けると、店内につながる。
10人ほど座れるカウンターが見え、
その奥は、障子で仕切られた小上がりへとつながる。
カウンターの向こうには、
笑天の歌丸師匠のように座る、接客上手な店長がいる。
その店長が、「加藤君、こちらのお客様に日本酒を」、
そんな感じで、従業員の私たちに指示を出す。
当時としては、おしゃれで、粋な小料理店、
そんな感じで、とても流行っていた。
ビートたけしなどの芸能人も、ちょくちょく顔を出していて、
いい店でバイトできたなぁと、ひそかに感激していた。
そうした来店者の中で、後(のち)の事故をきっかけに、
とても記憶に残ってしまった有名人の方がいた。
それは、坂本九さんだった。
1984年の6月だったと思う。
マネージャーらしき男性と、坂本九さんが来店し、
カウンターに座った。
店長が、坂本九さんを相手に、
北海道の地名を話題に、なんだか場を盛り上げていた。
「ああ、坂本九だ」
そう思いながら私は、奥のお客様の接客をしていたのだが、
なぜか、店長が私を呼び、
「坂本さんに、おしゃくを」 そう指示を受けた。
緊張して、なんだか、うまく、おしゃくをできなくて、
じょうずに、おしゃべりができなくて、
なんだか、モジモジしてた感があったのだが、
気さくで、やさしい坂本九さんは、
北海道の地名をネタに、私に、やさしく話しかけてくれた。
「いい人だなぁ」 そんな印象だった。
だが、その1年後、
あの悲惨な航空機事故の犠牲者のひとりとなってしまった。
毎年、8月12日になると、それを思い出してしまう。
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RCO ライズコンサルティングオフィス 加藤隆
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